0319 LOVE+HARMONY

誰もが自分の正義を疑わなくなったとき
そこに争いは渦を巻き悲劇の嵐が吹き荒れる

僕等に戦うべき相手があるとするならば
それは心の内に潜む不安や恐怖に他ならない

遥かな未来や遠い世界や崇高な理想より
今ここで自分自身ができることは何なのか?

それぞれの異なるものを探すのではなく
それぞれに共通するものの中にこそ答がある

地球も太陽も月も星も空も海も風も雨も
僕等を分け隔てなく見守り育み愛してくれる

思慮深い人々はもう気づきはじめている
環境主義とでも呼ぶべき新しい秩序の存在に

今ここで僕自身ができることは何だろう
それがメッセージなら僕は今きみに伝えたい

「生きて下さい。生き抜いて下さい」と
愛と調和に満ちた世界に共に辿り着くために

0407 科学の子

空を越えて
僕らは未来に追いついた
宇宙から眺める地球の美しさは
僕らに生命の神秘を教えてくれる
きみが僕に問いかけ
僕がきみに返事をする
心とは何か?
即答できるのがロボット
考え込むのが人間
アトムならゆっくり首を振るに違いない
そして僕らは科学が生んだ子供から
宇宙とは何かを学び
時間とは何かを学び
心とは何かを学ぶ
人々がお互いの心を理解するのは
遥か遠い未来のことかもしれない
きみが僕に心を開き
僕がきみの中へと入ってゆく
星空を見上げる生命の輝きは
宇宙に永遠の奇跡を夢見させる
時を越えて
僕らは未来を手に入れる

0516 マルガリータ

マルガリータ.jpg

こんなにも美しい遺跡を眺めていると
芸術が如何に神聖でいて身近なものだったかを痛感する

マヤ文明展の展示物はどれも素晴らしいものばかりだったけれど
今回のハイライトは間違いなくバーチャルシアターだった

「上映時間がちょうどタイミング良いし一応見ておこう」
なんて軽い気持ちで僕も見たぐらいなので
来場者の多くが見逃したのでは?といった気さえするのだが
その中身は僕にとっては他の展示物の魅力を大きく引き離すほど圧巻だった

バーチャルシアターという最先端技術の設備も称賛すべきものなのだが
その中でまさにバーチャルに展示されていたとでもいうべき
「マルガリータ神殿」が兎にも角にも圧倒的に素晴らしかった

今後も一般公開される予定はないようなことを言っていたが
これはまさに人類の至宝と呼ぶに相応しいものだ
歴史上の名だたる芸術家達さえもこのマルガリータの前では跪くことだろう

僕がVISIONS OF BOYSで「化石が光を跳ね返す力を取り戻す」と
描いたイメージの断片がここにはまさに存在していた

まるで時間や空間を越えて届けられるメッセージかのようなパワーだ
それは決して神秘的なものなのではなく
誰もが聞くことのできる心の中の言葉なのだと
僕に語りかけているかのようだった

0528 夢の在り処

夢って何処にあるものなんだろう?

僕が1番あやしいと疑ってるのは「背中」

何故なら夢は何処を探しても自分では見ることができないのに
何処にもないものなのかと言えば
時にはまるで翼になったかのように
時には随分と重い荷物になったかのようにして
僕の背中でシッカリとその存在をアピールするからだ

だから時々誰かに自分の背中を見てもらって
重荷を背負ってそうか? 翼が生えてそうか?
確かめてもらうと良いかもしれない

そうすることによって自分にとって今の夢が
プラスなものか? マイナスなものか?
叶えるべきものか? 諦めるべきものか?
少しは判断する材料になるかもしれないからだ

とはいえ大きく翼を広げて羽ばたくのも最高の気分だし
重い荷物を背負って一歩一歩進んでいくのも夢の醍醐味だ

忘れちゃいけないのは夢は自分自身の手でしか掴めないってこと
でも僕の説を信じてくれるなら夢を掴むチャレンジをする価値は大いにあるはず

だって夢が必ず自分の手の届くところにあるってことになるんだから

1028 魔法の涙

※以下は知り合いから届いたメールの引用です

> 元気そうで何よりです。
>
> 特に用事はないですが、死ぬ気で働いています。
> とても疲れました。今年の私は何もかもから見放されたようです。
>
> 人に辛いと言って、何になるのか。言われた相手を不快にするだけ。
> このメールもそうですね。
>
> 何もかも捨てて楽になりたいけど、状況を悪化させるだけ。
> 逃げる勇気ももちろんないです。
>
> ちゃんとした大人なのだから、
> どんな状況でも自分で這い上がらなきゃいけないけど、
> 本当に這い上がらなきゃいけないのか。限界は、誰が決めるのか。
> もちろん自分ですね。
>
> 大袈裟だと思うけど、言っちゃいけないかもしれないけど、
> 生きるって、生き続けるって本当に辛い。もう神様に見放して欲しい。
> ネガティブと言う言葉は今の私にあるようなもの。
>
> もちろん返事はいいです。


こんにちは。
先日は久し振りに舞台の楽屋でお会いできて嬉しかったです。

とはいえ、かなりヘビーな毎日が続いてるみたいですね。
でも僕が知りうるかぎり、今の状況でネガティブになっちゃうのは、
理解できないことなんかじゃないし、
よっぽど他の人だったらすべて投げ出しかねない状況の中、
ちゃんと前を向いて苦難に立ち向かってると思いますヨ。
いっぱいいっぱいの時はどうしても自分では
自分のネガティブな面しか見えなくなりやすいもんなんじゃないでしょうか。
だから、まずは少しずつでいいので、気持ちの余裕を持てると良いですよね。
なかなか時間的な余裕もないんでしょうけど、自由になる時間に合わせて、
深呼吸するんでも良いし、散歩するんでも良いし、
ゆっくりお風呂に入ったり、本を読んだり映画を見るんでも良いと思います。
僕は辛い時には、割とシンプルに感動できそうな映画なんかを見たりしますヨ。
それこそ子供の頃の純粋な気持ちを思い出せる「母をたずねて三千里」とか。
ごくごく分かりやすいストーリーのもので良いんです。そして、涙を流します。
僕は「涙」ってすごい効力のある魔法の薬ぐらいに思っているんです。
特に今みたいに辛い状況だった時に、辛いだけで流れる涙じゃなくて、
何かに感動したりすることと、辛さが一緒になったような涙を流します。
そうすると本当に不思議なぐらいその辛さを、
まさに涙と一緒に水に流してくれちゃう感じになるんですよね。
あるいは、それは自分の内側からすごく濃い生命力が湧き出てくるような、
そんな昨日まで不足していた活力を与えてもらえる感じかもしれません。
僕のアルバム「Future Toy」の中に「Life in Tao」って曲があるんですけど、
10年ほど前に、加島祥造(かじま・しょうぞう)さんという方が「老子道徳経」を、
すごく分かりやすく和訳した「タオ-ヒア・ナウ-」という本に出会いました。
その本には僕が辛く前が見えないような時に何度となく救ってもらいました。
自分では暗闇にしか思えなかった世界に光が差し込むことで、
自分の苦しい現状に対する別な見方を与えてくれたり、
進むべき道があちこちに延びていることを気づかせてくれたりしました。
僕は今でも時々その本を開きます。読みやすい本なので、
簡単に読み終えることも出来ますが、僕はいつも思いついたときに本を開き、
ほんの数ページだけ読み進んで何かホッと出来たところまでで本を閉じます。
とっても大切な気づきも、あまり短時間で多くのことを理解した気になると、
実は自分の体にも心にも染み込んでいってはくれないものです。
老子の言葉は、いつも答えではなくヒントや光を与えてくれる気がします。
大好きなもののひとつをその本の中から引用しますネ。

「虎みたいな人間」

虚のスペースから出てライフになり
また、もとに戻って、死となる。
このサイクルの中で、十人に三人は
欲望にとりつかれて、ライフを無視する。
十人に三人は
生きることに、大事をとりすぎる-
いわば、薬を飲みすぎるんだ。
そして死を呼びこむ。
残る三、四人は
ライフをはっきり意識して、よく生きる。
邪心なしにひたすら生きる。
そういう人には、
虎みたいな人間も襲ってこないだろう。
敵意を持たない人を、刃で刺そうとする者はいまい。
なぜなら邪心のない人の内部には
死のつけいるすきがないからだ。

このお返事も何かのヒントや光になってくれることを願っています。
本当にいらない返事だったなら、どうぞ聞き流して下さいネ。

松岡英明

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